▲定価で買うことでしか生まれないドラマがありますが、たまにどうしようもないやつと出会うことも。

定価でクソゲー地雷を踏み抜く

By asabat, 2014/11/11

やはりですね、クソゲーというのは、
地雷であることをわかっていて発売日に定価で踏み抜いた作品
が野菜的な意味で新鮮でよいものです。

おれはクソゲーっぽいもの、出荷本数が少なそうなものが大好きで、その中に陽だまりのような面白さを発見して、「このゲームを理解してやれるのはおれだけ」みたいな気持ちにいつもなっております。進んでクソゲーを買いに行っている当たり屋じゃねえかという意見もありますが、実はこういう買い方をしていると、世間で言われるクソゲーのラインにはだいぶ寛容になるんですよ。むしろそのゲームをやりこむことで、なんか満足したりもするんです。

▲定価で買うことでしか生まれないドラマがありますが、たまにどうしようもないやつと出会うことも。

▲定価で買うことでしか生まれないドラマがありますが、たまにどうしようもないやつと出会うことも。

しかし、一言にクソゲーと言いましてもいろいろありまして、ユーザーインターフェイスやロードが許容範囲を超えているものはおれの中で救いがたきクソゲーで、時点でなんか今までに出たようなゲームの劣化焼き直し版、これも明らかなるクソゲー評価をしていい作品かと思います。リメイク版なんかは、特にクソゲーになりがちですよね。

頑張って作った結果、インターフェイスやロードは良くつくられているものの、時代の流行にあわなかった、いわゆる『アンリミテッド:サガ』は愛すべきクソゲー、奇ゲーですね。おれは面白くないとは思わなかった部類の人で、全キャラクタークリアーしたメモリーカードを今も大事に持っております。

自分の中にそんな漠然とした分類があるので、”クソゲー”とまとめても、「だめなやつだけど、放っておけないんだよな」みたいな感覚がある作品も数多くあるんですが、だいたいおれがネット上に”クソゲー”とか、それに近いようなことを書いているのは、個人的に救いがたき業を抱えた作品ばかりです。

そして、今年は結構な数の笑えない「クソゲー」と巡り合っており、もうこれはネットに書くことでしかこのゲームを楽しむ方法がないというところで、適当に書きなぐっているんですが、そんなことをやっていると、

発売(アーケードなら稼働)したばかりのゲームを「クソゲー」というと、決めつけるのは早すぎる、楽しんでいる人もいるんだから、気軽にクソゲーっていうな

みたいな話もでてくるようでございます。いやまぁわかりますけどもね、クソゲーって書かないのが一番なのかもしれないですけどね、未来にクソゲーっていわれるなら、おれはいますぐそのゲームにクソゲーって言いたいんですよ。そもそも見なきゃいいんですよそんな記事を。それとも、そのゲームをクソゲーかどうか決めるには”時効”みたいなものがあったりするんでしょうか。あと、メディアの点数付きクロスレビューなんて、5点以下は全部「クソゲー」ですって言っているようなものだとおれは思うんですが、どうでしょう。

それてなんでクソゲーを題材にしたコラムなんかは、発売直後のゲームをやらないんでしょう。皆がクソゲークソゲーとぽつぽつ言い始めて、「ああこれはクソゲーなんだ」と世間が決めてからクソゲー本の題材にするってのは、なんだかおもしろくないわけです。発売後しばらくして、ああ皆がクソゲーって言ってるからこれはクソゲーなんだなみたいなのって、なんともズルいじゃないですか。突っ込まれたときに、いやだって他の人もクソゲーって言ってるし、世間がね、とかいう態度でお茶を濁していくつもりか!

年末は、クソゲーが数多くリリースされる時期なので、皆さまも是非定価でクソゲーを買う世界にお越しください。